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罪と罰〜「よくなりたい!」が強すぎると盲目になる?〜よくなるためのマインド六か条その③

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罪と罰〜「よくなりたい!」が強すぎると盲目になる?〜よくなるためのマインド六か条その③

罪と罰〜「よくなりたい!」が強すぎると盲目になる?〜よくなるためのマインド六か条その③

2026/10/30

【なるりえのひとり言1737】
罪と罰〜「よくなりたい!」が強すぎると盲目になる?〜よくなるためのマインド六か条その③ byなるりえ
 
 
 
 
第3条 「よくなりたい!」が強すぎると盲目になる
 
 
 
① 「よくなりたい!」の裏側に何がある?
 
 
病気になれば、誰だってよくなりたい。
 
でも、その気持ちの奥に、
 
「自分が悪かったから病気になった」
 
「今までの生活がいけなかった」
 
「ちゃんとできなかった自分が悪い」
 
 
そんな自責や罪悪感が隠れていることがある。
 
それも確かに一理ある。
 
 
わたしが日々見ている患者さんの病気の背景には、
 
身体の声と、
 
自分の感情や行動の不一致とか不和とかズレのようなものがあると感じていて、
 
自責や罪悪感を持つことでそこが解消するかというと、むしろ逆のように感じるんですね。
 
 
よくなりたいという前向きな願望の後ろに、実はネガティブな感情がある。
 
これ自体が問題なのかもしれないと思うのです。
 
 
 
 
② 食事療法が、自分への罰になっていないか?
 
 
身体をよくするために食事を整える。
 
本来、それは自分の身体を育てるための行為。
 
ところが、
 
 
「我慢すれば罪を許される」
 
「苦しまないとよくならない」
 
 
こうなると、食事療法が身体のためではなく、過去の自分への罰になってしまう。
 
「病気になったのは自分が間違っていたから、だから償えば治ってくれるのではないか?」
 
身体をよくするための食事療法が、自分を罰するための食事療法になっていないか?償いではないのです!
 
 
 
 
③ 人間のエゴを身体に押しつけていないか?
 

 

(いや、見る方向が違いますって。笑)

 

 

「これだけ我慢したんだから、よくなって!」
 
「これだけ頑張ったんだから、結果を出して!」
 
 
 
自分が思い描く結果を、身体に要求してしまう。
 
 
でも、身体には身体の仕組みがあり、事情があり、必要な時間がある。
 
おーい、身体はあーたの部下じゃねえよ?!(笑)
 
悪くなるまでにかかった時間もある。今まで浸りきっていた身体の環境がある。いきなり思い通りになる方が恐いですよゲッソリ??自分が思い直したら身体が言うことを聞いてくれると?
 
 
ないないパー
 
 
あくまで比喩だけど、
 
どちらかというと、身体はあなたを試してるとも言えるかもしれない。
 
急にいい顔しはじめたな?でも散々やられてきたからな?またどうせ都合悪いことが出たら自分にとってだけの楽な方に流れるでしょ?
 
 
身体を自分の子供に例えるなら、
 
不良娘が急に機嫌直してくれるわけじゃないってこと!
 
 
しっかりした絆(ボンド)、今度こそは向き合ってるって姿勢って、そんなにすぐ伝わるものじゃないでしょ?
 
 
だからこそ思うのです、治らないんですけど?と嘆くことって、結局、体を支配したいと思ってること、理解ではなくてね。
 
体が求めてるのは本当は理解なんじゃないでしょうか?
 
 
身体を大切にしているつもりで、実は自分の思いどおりに支配しようとしていないか、というところ。
 
 
 
④ 同じことをしても、出発点が違う
 
 
同じ食事療法でも、
 
「もっと身体を楽にしてあげて、その身体を使わせてもらってまた人生を楽しませてもらおう!」
 
という気持ちで取り組む人と、
 
「治るためには我慢しなきゃ」
 
「つまらないし、ストレスだけど、治るためだから」
 
という気持ちで取り組む人。全くもって別物!!
 
 
前者は身体に対する理解があるんですよ。そして身体がなければ、結局人は生きられないということも知っている。
 
だからこそ、身体も喜ばせてあげようという気持ちが働くようになる。
 
 
治るためには、我慢しなきゃって、
 
我慢すればきっと叶えてもらえる、
 
これでは、フォーカスしているところが身体ではなく、なにかの見えない力に頼っているとは言えませんか?
 
確かに見えない力は存在するとわたしも思うけれど、
 
それって、まずもらった身体にいかにお返しできるかを考えてこその話でもあると思うのですよ。
 
 
だからこそ、持つべきは、
 
これから自分と身体でよりよき人生一緒に送りたいなっていう気持ちであって、
 
叶えること!願うこと!願うための犠牲をつくることではないんだと思う。
 
 
行動は似ているように見えても、その意味はまったく違うと思うのです。
 
 
禁止や我慢を積み重ねることが、健康の目的ではない。
 
健康になるために自分を捨てるんじゃない。自分らしく生きるために再び健康を育てる。
 
 
 
⑤ 身体をよくすることは、自分を罰することじゃない
 
 
病気になった自分を責め続けることと、これから身体をよくすることは別。
 
何かズレがあったなら、そこに気付いたら切り替えですサーフィン
 
必要な反省や生活の見直しはあっても、自分を罰する必要はない。
 
身体の自然な仕組みを尊重し、必要なことを選び、身体が力を発揮できる条件を整えていく。
 
 
身体をよくしたいなら、まず身体を敵にしないこと。味方なんだと身体に教えてあげること。
 
 
身体をよくすることは、人生を取り戻していくこと、また新たな身体とのお付き合いの始まりでもあるのです!
 
⸻
 
次回・第4条
 
「焦りは良いことを生みにくい!」
 
自分を責める気持ちとは別に、焦りが判断や行動を空回りさせることもある。
 
 
 

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