コンビニを絶対に食べないことが健康になるとは限らない…とは? byなるりえ
2026/10/29
【なるりえのひとり言1710】 コンビニを絶対に食べないことが健康になるとは限らない…とは?
健康になりたい人!の、なにかズレのようなものを大きく感じることが多々あります。
例えば、
肉を全く食べないこと、
砂糖は絶対取らないこと、
コンビニのご飯なんて食べるのは毒だ(それはわかるけど…、わたしもよっぽどでないと手を出さない)!
となりすぎる人。
でもさあ、思うんですよね。
ちょっと食べたからなに?って。
そこは基本じゃないでしょ?
問題は基本なんす![]()
![]()
!って思います。
けれど、多くの健康になりたい!人は、
ナニナニを食べないことが正しい!正義!美徳!
そんなものを食べるから病気になる(わかるよ、それも大事だけど…)!
というところに執着する。
視点が何か違う…
。そこじゃねえ…と感じるのです。
そして、食の幅が狭くなることにより受けるストレスから、
ナニナニを食べているやつは、どうこうだ!とか排他主義的な発言が始まったりもします![]()
お、追い詰められすぎている…
、こわひ…
、と感じることが多々あります。特に健康になりたがりすぎて、体感よりも変に知識を得ようと必死な人。そして勉強したことにこだわりすぎて、それが誇りになってしまっている人など…。
人は制限されることにより視野も狭くなりがちになり、自身が余裕のない状態になり、追い込まれているということに気が付かなくなります。
これ始まったら、どっちかというと免疫がすり減りがちな、
交感神経過多に陥ってしまっているといっても過言ではありません。
自分を振り返れなくなるということは、
体にとって最も密接かつ大切なメンタルがおかされはじめていたりするサインでもあります![]()
超詳細にこだわりすぎて、目がつりあがっていたり、余裕がなくなることは体にとって大敵であり、
心身一如とはよく言ったものです。
かつ、ダメにこだわりすぎる人ほど、耐性もなくなります。
むしろ実際はそれにより、弱る人も多いのです。
免疫は二つのエッセンスでできています。その抵抗する力の方を奪いすぎてしまえば、自然免疫の暴発を逆に生みやすくなってしまいます。二つのバランスが大事なのです。
大事なのは、再度、基本です。
自分が何を食べて、どういった食べ方が中心で、ちょっとズレても戻る場所ってどこ?っていう部分が重要なんですね。
ダメにこだわるよりより、自分の基本は何でできているのですか?自分の血や細胞が一体何で作られているのか、というところです。
そのしっかりした幹(自分の中心となるもの)が健全で、豊かで、クリーンであることが重要であって、
そこさえしっかりとしていれば、
少しのズレとか遊びが入っても元に戻ることができるわけです。
ちょっとのことで(うっかり時間がなくコンビニのおにぎりを食べたくらい)、少し遊びを入れただけで、体がズレる、こと自体が問題。これが耐性なさというものです。
ナニナニを絶対食べないって、言ってみると、究極のマイナス思考。
ナニナニしない、が中心ですから![]()
なにかをちょっと食べても大丈夫、けれど、自分の基本はここ!そこを大事にする方が人生も豊かで、気持ちも余裕が出るものです。ポジティブ
です。
私的結論。何々を食べないだけでは体は健康にはならない、不安定なまま。
あ、くれぐれも、コンビニを推奨しているという話ではございませんので、あしからず![]()
でも、コンビニを少し利用したくらいで壊れる体になるな!という話でもございます。



